海外スタディ・ツアー(2017年)

4名の大学生と一緒に、スタディ・ツアーに行ってきました

参加メンバー

當内拓海(とうないたくみ)さん:関西大学法学部3回生

鍋嶋亜佐伽(なべしまあさか)さん:関西学院大学文学部3回生
森田悠斗(もりたはると)さん:関西学院大学経済学部2回生
矢儀丈博(やぎたけひろ)さん:関西学院大学社会学部2回生
皐月秀起:リーダーズカフェ代表

 

参加メンバーの感想・レビューはこちらから

 

 

訪問先

インドネシア国・ジャカルタ

スタディ・ツアーの目的

「狭い日本を飛び出し、自分の価値観を変える」

自分の人生を変えるきっかけになるような旅行にしたい。

 

色んな場所を訪ねたり、色んな人に会うと、今まで日本にいた時には全く気付かなかったことに気づく。「こんな気持ちには今までならなかった。だったら、自分はこういう生き方をしたい」とか「こういう仕事をしたい」と。これはひとりひとりのアンテナが高ければ高いほど、色んなことに気づく。

 

こういった同じ目的を持った人と時間を共にすれば、きっと自分の価値観(=何が自分にとって一番大事か?)に変化をもたらすだろう。

スタディ・ツアー行程

2017年8月29日(火)~9月3日(日)4泊6日(機中1泊)

・8月29日(火)

05:20 仁川駅集合

07:30 伊丹空港発 ~ 08:40 羽田空港着(NH014)

10:15 羽田空港発 ~ 15:55 ジャカルタ・スカルノハッタ国際空港着(NH855)


宿泊先:Kemang Village "THE EMPIRE TOWER"


 

今回はホテルには宿泊せず、今流行りのAirbnb(民泊)を使い、マンションの1室(1811号室)に4泊しました。タワーマンションの18階で眺めは最高!。Lippo Kemang Mallに隣接しており、地下のスーパーやパン屋さんなどで朝食や日用品などを毎日買い物していました。

 

部屋(というか家?)は、3ベッドルーム・2バスルームの133m2。5人で過ごすにはちょうどいいサイズ。もはや「合宿」状態で、みんなで起床し、朝食を食べ、帰宅後はプレゼンなどの準備をしたり、もう色んな話をしたりし、部屋がバラバラなホテルとは一味違った濃密な時間を過ごせました。

 

初日の夕食はモール内でベトナム料理を


・8月30日(水)

イスティクラルモスク見学


 

東南アジア最大級のイスラム礼拝堂「モスク」。直径45mのドーム天井のスペースに何と12万人が収容でき、外の広場にも約8万人がお祈りできるという、驚愕のスケール。9/1の犠牲祭には計20万人以上が集まり、ジョコ・ウィドト大統領も来るらしい。 

JICAプロジェクト視察


今回のスタディ・ツアーの目玉企画のひとつ、JICA(国際協力開発機構)が2005年から進めている「インドネシア国家警察改革支援プログラム【市民警察活動全国展開プロジェクト】」を見学させて頂きました。ジャカルタ市内から40分ほど郊外にあるメトロブカシ警察署をまず訪れました。


まずは、警察署内で同プロジェクトのブリーフィングをして頂きました。警察庁からなど日本から5人の警察官が派遣され、①人材育成(警察大学院大学などで講義)②鑑識技能支援(検定制度を導入など)をメインに、具体的には「バビン(=お巡りさん、駐在さん)」の育成サポートに注力されています。


インドネシアでは長く軍が治安維持も担っていましたが、時には市民と軍が対立することもあったため、1999年に国家警察を国軍から分離することを決め、当時のユドヨノ大臣(前大統領)が来日時に改革支援を要請。そこからこの「ブカシプロジェクト」がスタート。その中核が、日本の「交番システム」でした。


最初に訪問したペンガシナン駐在所は、エリックさんと奥さま、ふたりのお子さんが暮らしながら地域の治安を守る、いわゆる駐在所スタイル。昨年、ブカシ管内で最優秀交番として表彰された「模範交番」のひとつ。そして、2か所目のPSSペカヨンは、タティさん率いる女性7人で構成されている交番で、日本にはないオリジナル。

 

これらの交番は、遺失物の処理・交通整理・立ち番・デモ警備・巡回活動・学校での防犯啓蒙・いじめの対処・行政や街の有力者や軍との調整、はたまた相続問題の相談や土地境界の立会など、本当に多岐に渡る。古き良き日本の交番スタイルに、しっかりとインドネシアオリジナルも盛り込んだ独自のスタイルが印象的でした。

今日8/30の食事


(上)お昼に頂いたお弁当。最高のクオリティ。日本で売ってたら、週1は食べたい。

(下)ブカシで飲んだ、サトウキビを絞ったジュース。自然の甘さが最高!


(上)夕食は、ロロ・ジョングランでインドネシア宮廷料理を。

(下)辛い料理の連発で、水の消費量が半端なかった夜。

夜のひとこま


出国まではみんなそれぞれが忙しく、4人揃ったのはジャカルタに来てから。合間を見つけてはよくプレゼン打ち合わせをしていました。ところが、真面目なだけでは物足りないと思ったのか「お笑い」をやろうと。渋る主役を何とか説き伏せ、ここから伝説が始まりました。この辺からみんなのネジがひとつふたつ外れてきた(笑)。

・8月31日(木)

KUMON INDONESIA様訪問



学習塾の公文式様を訪問し、お話を伺いました。日本で圧倒的な知名度を誇る公文式さんですが、インドネシアに進出されもうすぐ25周年。全土に800教室13万人が通う、インドネシアで成功している日系企業の代表格であります。成功のポイント、苦労話、さらには大学生へのメッセージまで、様々なお話を聞かせて頂きました。


オフィスでお話させて頂いた後昼食を挟み、「日本人(だけが通う)教室」を見学させて頂きました。こちらは、主に日系企業の駐在員のお子さまが通います。教材は日本と全く同じ。さらには外国人も言語のみ当地用で内容は同じ教材を使うとのこと。最強の教材を使って静かに勉強。教育のひとつの「完成形」を目の当たりにしました。

今日8/31のお昼ごはんなど


公文式さんに連れて行って頂いた、モール内のインドネシア料理屋さん。昨日の辛さからのリベンジ達成!。


(上)日本食スーパーの「パパイヤ」

(下)パシフィックプレース(モール)

見市先生と会食・フィールドワーク


私の中学時代からの数少ない友人で、この4月から早稲田大学大学院准教授であらせられる見市建さんとお会いしました。2年前に引き続き共同研究している奥さまもご一緒してくださいました。今では、インドネシア政治・イスラム研究の第一人者。いつまで私たちに付き合ってくれるのか、だんだん心配になってきています(笑)。


創作インドネシア料理屋さんのOmah Sendokでの夕食の後、パサール・サンタ(Pasar Santa)へ。ここは倉庫の中に様々な露店が連なる若者が集まるスポット。2m角のスペースを月1万円ほどで借り、仕事を終えた20代の若者が夜な夜なやってきてここでお店をする、なかなかディープな雰囲気を醸し出していました。


(上)パサール・サンタの前で、奥さまと

(下)明日の犠牲祭で生贄となるヤギと、矢儀くん。複雑な心境が伺える。


最後はANOMALI COFFEEへ。見市さんからは、今取り組んでいる少数民族紛争の話にとどまらず、インドネシアの大衆文化についても話題に。バイクタクシーのGOJEK(ゴジェック)のサービス拡大や、今の時代も「黒魔術(呪術のひとつ)」が地域によっては信じられているなど、インドネシアへの理解がさらに進みました。

夜のひとこま


「ブルゾンあさかwithB」結成2日目。矢儀・演出監督の厳しい指導の下、完成度が増していく。この情熱はどこから来るのか?。やる限りはしっかりやりたいという責任感からか?、インドネシア・ジャカルタがもたらす熱気にほだされたか?・・・。

・9月1日(金)祝日:イドゥルアドハ(犠牲祭)

ファタヒラ広場~コタ駅~カフェ・バタヴィア


第二次世界大戦で日本が1942年に占領するまで、オランダがインドネシアを統治していました。その期間は何と350年間と長きに渡るものでした。ここコタ地区にあるファタヒラ広場には、オランダ統治時代の建物が多数残っており、昔々に思いを馳せることができます。


ファタヒラ広場から歩いてすぐの「コタ駅」。Gambirと並ぶジャカルタのターミナル駅のひとつで、ここから一昨日に行ったブカシやボゴールなどへ行くことができます。ただいま検討中のジャワ島横断鉄道(ジャカルタ~スラバヤ)はここが起点になるんでしょうか。今回こそ、日本が受注してほしいが、結果やいかに・・・。



築200年を誇る歴史的建造物を改装して作られたカフェ・バタヴィア。かつてはオランダ東インド会社のオフィスとしても使われていました。ここで、かの有名なコピ・ルアックを頂きました。コーヒーの木を食べたジャコウネコが排泄した糞から未消化の種子部分を取り出し、焙煎した豆で淹れたコーヒーです。すごいでしょ(笑)。

YAKULT INDONESIA様と会食


今回のスタディ・ツアーで私がどうしても実現したかったのが「ジャカルタで活躍する女性とお会いする」ということでした。私が駐在していた2000年初頭に女性がジャカルタで働くことは全く想像できませんでした。それが今では日系企業の駐在員や個人事業主として在住しておられる。一体どんな女性なのか?とても興味がありました。

 

そこで今回幸運にも実現した、日本人女性が店長をされているイタリアンレストラン「Misticanza」さんで、ヤクルト・インドネシアにお勤めのおふたりと会食。お話を聞くと、海外進出に先鋭的な同社ですら、まだまだ女性の海外駐在員は少ないとのことで、ある意味パイオニアにみなさんに貴重な話を聞かせて頂きました。

カリバタ英雄墓地



終戦後、再び侵攻してきた英蘭軍との独立戦争を戦った兵士約7000名が眠っています。ここの凄いのは、国籍・性別・宗教を問わず埋葬されているところ。「多様性の中の統一」というインドネシアの国是を表している場所でもあります。そしてここには共に戦った日本人兵も眠っています。来たかった場所、来れてよかった…。

関学OB会ジャカルタ支部(弦月会)様と会食

18時から22時まで続いた会食が終わり、車に乗った瞬間みな口々に「これはヤバい」と。何か刺激が強すぎて、軽い発作を起こしたようになりました。アパートに帰ると、「これは一生の思い出だから、書き留めておかなくてはいけない」と、みんなでお話されたことを順番に思い出しながら、1時間くらいかけてレビューを。

 

狭い日本で、限られた大学生活の枠の中ではおよそ分からない、全く違うスケールに圧倒され、どうも世界で活躍している人たちはオリジナルをしっかり持ちつつ、何か共通したマインドもお持ちだと。みなさんのような先輩に何年後かになれるだろうか…、いやなりたいよな!と、大変熱い夜でした。

ジャカルタ最後の夜~翌朝チェックアウト


ジャカルタ最後の夜は、弦月会様との会食の復習~プレゼン最終確認~なぜかトランプ~みんなで話~結局寝たのは朝の5時。6時に何とか目を覚まし、みんなを起こし、荷物をまとめ、朝食を。ほぼみんな無言。8時にチェックアウト。1811号室のオーナーさんに鍵を返却し、5日間お世話になった部屋を後に、一路アズハル大学へ。

 

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